真っ白な館

思い付いたことを書きます。

『リコリス・リコイル』におけるテーマと呼べそうなものに関するメモ

親離れの話であり、「自分なりの信念を持っていれば、その信念は社会正義と等価値になる」という話である。

千束にとっての「親」

千束にとっての親はミカと吉松であるが、二人は本来的には「DA」と「アラン機関」二つの組織の象徴的存在に位置づけられる。
DAは「平和な日本」とその秩序を維持することを至上命題とする機関である。そのために、リコリスという「子」を殺しの道具として運用することを厭わない(リコリスには戸籍すらない)。
アラン機関は世界に才能を届けることを至上命題とする。その「才能」とはいわゆる「正しくない」才能、千束や真島のような殺しの才能も含まれる。
改めて考えると、この作品の特徴は、「正義の為に悪に手を染めることは肯定されるのか」という問題には基本的に踏みこまないことである。アラン機関が殺人の才能すら肯定している問題は深掘りされないし、義務教育で学ぶレベルの人権知識を持っている視聴者なら、リコリスが子どもの人権をガン無視した存在だとすぐ気がつく*1が、そのDAに敵対した真島は「世界のバランスをとること」を是としたのであり、「DAが子どもの事件を奪って搾取する」こと自体に異議を唱えなかったことを見落としてはならない。
故に、吉松がミカによって殺される*2のは、「子は自分の意思に反しても親の信念に従うべき」という命題を否定する意味が読み取れ、故にミカは「親が子を守る」役割を果たした、と言う事ができる。
ただし、ミカが吉松を殺したのは、「生んだ(心臓を与えた)ことを理由に子どもの生き方を否定する毒親から、育ての親として子どもを守った」のであたって、「親の信念に従う子ども」自体を否定しなかったことも重要である。リコリスのメンバーはみんな親であるDAに感謝をしているし、真島も作中ではアラン機関が「殺しの才能」に支援したことに則りテロリストをやっている(なので、真島にとっての親離れはアラン機関の否定になる筈で、それはあるかどうかわからない次作以降で描かれるのかもしれない。スピンオフほしい)。
「悪に手を染めた正義」の中には「それによって守られたり救われたり、感謝されたりする人」が事実があり、その当事者の気持ちを別の正義で否定しない、という態度が、本作には通底している*3し、そのような意味で千束が「自らの力を身近な人を笑顔にするために使う」ことが肯定される。「社会を守るための人殺し」を肯定するか否定するか、という問題に答えがない為である(千束が人殺しをしないのは、本人が言うには「人を殺して嫌な気持ちになりたくない」のが理由であり、これは大変個人的な理由である*4)。

さて、このように「複数の正義が乱立している中で、全てを否定することができない」という考え方に関しては、「特定の社会正義にコミットすることを忌避する」という点である種の時代性を読み解くことも可能なのかもしれないのだが、自分は作品を通して社会語りをすることには基本的に興味がないので、そういうのは他の人に任せたい。それはそうと、作品から作家性を読み解くのであれば、制作陣の社会観はやっぱり(千束は言うまでもないとして)真島に近しいものではないかと思う。

ノベライズについて

余談だが、アニメにおいて明示されなかった視点が一つあると思っている。それは「力のないものが社会に翻弄されている場合、どうすればいいのか」という点だ。これは、本作が「組織の中にいるキャラクター」「能力を持ったテロリスト」といった社会の外*5を舞台にした話であることとも関連している。
その点、そこに触れようとしたのが『リコリス・リコイル Ordinary days』だと解釈することもできよう。詳細は省くが、ある偶然から銃を拾ってしまった子どもの話が入っている。これはある意味、アニメで真島がやろうとした「社会に銃をばらまくとどうなるか」ということへの一つの回答であり、その中で千束がやっていることの意義を提示したものでもある。
なお、『リコリス・リコイル Ordinary days』はグルメ描写がめちゃくちゃ細かく、グルメラノベとしても一読に値する。
dengekibunko.jp

*1:更には多少コンテンツの知識があれば『リコリス・リコイル』の先行作に『GUNSLINGER GIRL』があることはすぐに思いつく。

*2:それはそうと、吉松は本当に死んだのかという問題が実のところある。どちらとも取れるようになっているのはおもしろい。

*3:勿論、その理由として「そもそも女の子が銃を振り回すのを楽しむ百合アニメ」に正義もクソもねえだろという制作上の都合も上げることは可能だろう。

*4:もうちょっと深掘りするなら、「幼少期に命が消えることの恐怖」と「自分の命を救われた」ことの二つが原体験となり、命を奪うことに極端な忌避感を覚えるようになった、とは言えるだろう。だから、千束は命を奪うことに容赦がない真島に対しては基本的に塩対応なのだが「千束はリコリスが基本的に人を殺すことに対してどう思っているのだろうか」という問いはあり得るだろう。

*5:社会に暮らしているならそれは全員社会の構成員であるのはそうなのだが、ここでは「普通の暮らしをしている一般人ではない」くらいのニュアンスである。