真っ白な館

思い付いたことを書きます。

レイナルド・アレナス『夏の色』について

レイナルド・アレナス『襲撃』を再読している。レイナルド・アレナスが「キューバの隠された歴史」を描くことをテーマにしたペンタゴニア(苦悩の五部作)の第五部である。
テーマや主人公のモチーフ的なものを一貫させていることから五部作とされているが、ストーリーや世界観につながりはない。そのため、日本では五部作のうち第一部『夜明け前のセレスティーノ』、第五部『襲撃』の二作のみが翻訳されている。
『襲撃』は16年出版で、アレナス作品のおそらく10年ぶりの新規翻訳。訳者は若手の研究者山辺弦。このかたは現在アメリカで文学研究をおこなっているようである。
また、過去にレイナルド・アレナスを翻訳していた安藤哲行氏は90年代以降ほとんど翻訳の仕事をおこなっていなかったが、近年教授職を定年退職したからか、久方ぶりに翻訳仕事を出した(『クリングゾールを探して』)。
アレナスの翻訳環境はかなり期待がもてる状況ではあるが、出版予定の話は残念ながらまだ音沙汰もない。残りの三作の翻訳はずいぶん先になるかと思われる。
そのため、今回は数年前に書いた第四部『夏の色』(El Color del Verano/The Color of Summer )英訳の感想を転載しようと思う。原文の感想ではないのは大変恥ずかしくはあるが、Kindleにもあって読みやすかったのだ。第二部『真っ白ないたちどもの館』(El palacio de las blanquísimas mofetas/The Palace of Whitest Skunks)が読めるようにがんばりたい。
(以下、13年8月に書いた文章を加筆・改稿)

Color of Summer

Color of Summer

昨年三月から読み始めて1年4か月、ようやっとレイナルド・アレナス"The Color of Summer"(『夏の色』)を読み終える。

キューバの亡命作家レイナルド・アレナスの遺作(英訳)。91年出版。
キューバ革命50周年(99年)を記念して開かれる島を上げての大カーニバル、それを巡って繰り広げられる、抑圧され続けていた者たちの様子を描く。レイナルド・アレナス自身がホモセクシャルだったので、基本的にゲイしか出てこない。

カーニバルに参加するために戻ってくる死者。列聖されるために死後「処女性」を確認されるゲイ。迫害の末に空を飛んで逃げだす者。死に瀕した母を持っている為にキューバから逃れられない男。「運命の三姉妹」。キューバ国会図書館から盗みを働いた結果、スティグマとして額に女性器を植え付けられたゲイ。キューバから逃げだそうとする者を食い殺すために海に放たれている「血に飢えた鮫」はキューバで最も美しいゲイと懇ろになってそのうち絡み合いながら空を飛び始めるなど、キューバの人々の奔放な姿が悲劇とも喜劇ともつかない様子で描かれる。自らの宮殿で狂乱の宴を繰り広げるキューバの暴君"Fifo"が(要はカストロ。ちなみに、彼のそばには過去にケネディを含め様々な要人を仕留めてきた暗殺者の女性が密かに忍び込んでいる)、気にくわないやつを容赦なく鮫のエサにする様子はあきらかな風刺。また、アレナスの友人であるホセ・レサマ=リマやビルヒリオ・ピニェーラ(共に70年代に死去)がよみがえって登場する辺りは友人への哀悼に満ちていたりと、現実を題材にしてそれを単に風刺にするだけではない辺りがおもしろい。
作品の構成自体も変なことをやっていて、100以上の断章形式で構成されているのは勿論のこと、一番最初の章は「裁判官へ」という題。これは、「本作が検閲・発禁処分になって裁判にかけられた際、裁判官が読むであろう」ということを想定して書かれた章である(ちなみにこれは「序文」ではなく、序文は450ページ近い全体の6割方を過ぎてからやっと登場する)。その次にはいきなり80ページ近い戯曲が続く。おそらくは、作品全体が円環構造をなしている。
特に好きなのは、"Skunk in a Funk"="Reinaldo"(怯えたいたち?)なる人物の一連のエピソードだ。彼は作中で延々と"The Color of Summer"なる作品を何度も紛失し、盗まれ、没収され、書きなおし続けている。そして、レイナルド・アレナス自身は亡命前のキューバ在住時、第三部『ふたたび、海』の原稿を二回、キューバ当局ないし密告者により没収[盗難]され、その度に新しく[つまり都合三度]書くということを行っている。彼が書くことに囚われていることを象徴するエピソードだ。それはこの作品に登場するReinalcoも変わらない。彼は本作の最後で、とある出来事の結果、キューバごと海に沈もうとしている。彼は自分の原稿をボトルに入れ、海に流そうとするが、そのボトルごと人食い鮫に飲まれてしまう。だが、彼は自分が鮫に食べられて死ぬことを確信するが、それと同時に、"The Color of Summer"を再び書き始めることを誓う……。

風刺小説・実験小説・メタフィクションといった側面を持ちつつ、マジック・リアリズム的な想像力豊かな描写・情景を備えた本作は、形式・内実ともに形に囚われない、想像力の生み出した極地みたいな作品である。
訳者解説のあとがきでは「スウィフトのようであり、ヴォルテールのようであり、更にはピンチョンのようですらある」と書かれていたが、それくらい豪語するのがおかしくない程度には奔放な作品であった(ヴォルテールはいまいちよく知らんのだが)。
以下、読書中のメモ。印象的だったエピソードの一部要約。英訳版準拠なので、一部人物名の表記が変だったりしても許してほしい。

"THE AREOPAGITE"(アレオパゴスのメンバー、の意)
様々なゲイたちが住まうホテル。fifoはそこの入口を鉄格子で塞いだりするが、みんな勝手に出入りしている。そんな中、アレナスは出所後に叔母の家を追い出されたので、ゲイ友たちに手助けをしてもらいつつ、叔母の家から自分の盗まれた持ち物を回収し、そのホテルに移り住む。
しかし、その間借りした部屋の持ち主は悪徳家主、これまでいろんな人間に無茶なふっかけを行ってきた。アレナスにもその矛先が向く。ナイフをちらつかせながら、彼に部屋の権利がない旨を伝える。
〝おびえたいたちの両目は冷えきって、怒りに満ちていた。アレオパギットを見つめるその様子は、あらゆる地獄を見てきたが故にもはや何物をも恐れない男そのものであることは明らかだった。そしてその目のきらめき、ナイフの刃のきらめきは、ルーベン・バレンティン・ディアス・マルツォ、またのなをアレオパゴス会議員を説得し、彼の部屋を遂には売却させたのであった。
そしてその瞬間から、アレオパゴスはおびえたいたちの無条件の信奉者になった。そしてまた親友にも。〟


アレオパギットの話
幼少期にレイプされ、両親が亡命して自分だけ置きざりにされた。窃視癖がある彼はある夜にカップルの行為を眺めていたが、木ノ上からぶら下がり密かに混ざろうとして失敗(ずいぶんアクロバティック)、逃げ出す。ガルシア・ロルカ劇場に逃げ込むが、講演中のバレエを邪魔してしまい、捕まる。アレナスやゲイ友たちは彼を釈放しようと動くが…


Fugitive
Eachurbodはバスの中で隣り合った男がとても大きな男根を持っていることに気がつく。男に自分のもつレーニン全集を見せながら、男が自分を誘っているのかと憶測を立てるが、彼の膝に手をおいた瞬間殴られ、バスを降りても彼に追いかけ回される。文学協会の建物のなかに逃げ込むが、すげなくおいかえされ、捕まることになる。


月への旅行
刑務所に入れられたアレナス。彼は刑務所の中である狂人に出会う。大きな貯水槽に目薬の容器程度の器で水をためようとしていた。そして彼は貯水槽を満杯にし、そこに映る月にめがけ飛び込み、溺れ死ぬ。彼をみたアレナスは、死に際の笑顔がこの世のものではないことを悟る。


猿聖人
フィフォのパーティ。人食いざめのレクレーション。それを見て性的に興奮する賓客たち。自ら鮫の水槽に飛び込む猿。
猿と人との狂乱の宴。


モロ城の中
刑務所に入れられたアレナスの話。読み書きの出来る彼は他の受刑者から、別れを切り出す奥さんなどを説得する手紙などの代筆を頼まれてはそれを受けていた。そのような『ライター』業をしつつ夏の色第五校が完成。腹の奥に色々なものを詰め込んで運びやをしているゲイにその原稿を外に持っていってもらおうとするが、原稿は見つかってしまう。看守の前でフィフォへの忠誠と転向を誓う文章を書かされ、そして原稿も自ら燃やすことになる。彼は再び作品を書きはじめる。