真っ白な館

思い付いたことを書きます。

2019年にネット配信で観た傑作・良作ドキュメンタリー16本

明けましておめでとうございます。
早速ですが昨年Netflix経由で観たドキュメンタリー作品のうち、面白かったものをまとめてみました。ランキングではありません。順位をつけることができませんでした。強いて言うなら『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』『ファイヤー・イン・パラダイス -地獄と化した町-』『アインザッツグルッペン ナチスの殺人部隊』辺りが特に印象的でした。でもこの記事に載せたものは全部面白かった(観たもの全部載せたわけじゃない、微妙だったものは載せてません)ので、気になるものがあれば是非観てみてください。

1.山に登るやつは本質的に狂人 『クレイジー・フォー・マウンテン』

2017年、1時間13分。世界各地の難所・名所に訪れる人たちの姿を映した作品。ドローン空撮などを駆使した映像的美しさはさることながら、何と言っても見どころは人間。山だからといって目的は登山だけに限らない。スキー・ロッククライミング・マウンテンバイク・谷間の綱渡り・スカイダイビング・ウイングスーツ滑空・etc...とおそろしく過酷な環境でわざわざスポーツをおこなう人々の様子を映すのである。壮大な自然のなかでわざわざ死と隣り合わせのチャレンジに挑む姿を見て彼らの正気をぜひ疑ってみてください。
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2.絶句 『アインザッツグルッペン ナチスの殺人部隊』

2009年、45分前後×4話。悪名高いホロコースト部隊が描かれる歴史ドキュメンタリーシリーズ。虐殺部隊の兵士として東欧の現地住人を登用したがみんな虐殺任務に精神が参ってしまったのでナチスドイツはウォッカの支給量を増やしたというトンデモエピソード、強制収容所を生き残ったユダヤ人女性がドイツ人の家から鶏を盗もうとしたら子供に「もうその子しか残ってないの!」と泣きつかれたので「私の母親も一人しかいなかったのよ」と返してくびり殺した話など、絶句するエピソードが満載。東欧諸国の兵士たちは虐殺の実行者だったのに殆ど裁かれてないといった問題提起もある。精神が落ち込むのでみるタイミングには注意してください。
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3.黒人奴隷は現代にも存在する―『13th-憲法修正13条-』

2016年、1時間40分。南北戦争の後に成立した合衆国憲法修正13条によって奴隷制は公的に廃止されたが、現実には「ある方法」によって奴隷制が現代のアメリカでも存続している――黒人を刑務所に入れて、公的福祉に供させるアメリカの刑務所収監総数が全世界の1/4を占めた刑務所肥大国であり、かつ白人と黒人の間で投獄率に圧倒的な差が存在するという事実を前にすると、この話は与太ではなくなる。修正13条の歴史と、刑務所の収監数の変化の歴史を一本の線で繋ぐのがスリリング。
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4.自分と他人との絶望的なズレ 『殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合』

2019年、約5-70分×4話。犯罪ドキュメンタリーではおなじみのシリアルキラーものです。ある記者とのインタビュー音声を題材にしながら彼の生涯を順に追っていく。シリアルキラーやソシオパスの話はFBIでプロファイリングを作り上げた人たちを描いた『マインド・ハンター』シリーズがよくまとめてくれてるので、これを観ながら「サイコパスあるあるだ!」ってなるわけですが、それでもこれが他より飛び抜けて異常だと思ったのは出てくるエピソードのやばさ。脱獄して数週間で大学の女子寮に忍び込んで4人殺傷するのとか、自分より法廷で目立った国選弁護人を解雇して自分で自分の弁護をしつつ証言の反対尋問を利用して法廷で自分の殺人現場の様子を根掘り葉掘り問いただして殺人体験を懐古するのとか、ちょっと想像を絶します。
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5.ネット探偵をヒーローと思ってはいけない 『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』

2019年、約60分×3話。ドキュメンタリーなら間違いなく2019年ベストです。子猫を殺す動画に憤ったネット探偵たちが動画制作者をあの手この手で特定しようとする――が、1話の最後で犯人が殺人ビデオをアップしはじめる。本作が素晴らしいのは、警察が捕まえられなかった人物たちをネットの有志が特定する……という話ではないところ。ネタバレを避けたいから詳細はぼかすが、最終話でいきなり提示される「ある可能性」は、ネット探偵たちの行動は所詮本人の背景を全く理解しない部外者のリンチでしかないということを強く仄めかしてくる。かなりおすすめです。
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6.人気司会者=犯罪組織のトップ?『殺人犯の視聴率』

2019年、約50分×7話。バラエティ番組の司会者から州議員に成り上がったブラジルの政治家に関するある報道が全世界を騒がせた。彼は自分自身の犯罪組織を持っており、自分の部下たちに殺人を行わせてその殺人現場を自分の番組で取り上げた――つまり視聴率のためにヤラセ殺人をおこなっていたのではないか、というのだ。一連のスキャンダルを含め、その政治家の生い立ちから失脚まで描ききる意欲的なシリーズ。当該政治家の現地における人気と、政治家と警察・既存権力・他犯罪組織との間にあった様々なやりとりの描写が面白いです。特に、この「ヤラセ殺人」という枠組み自体が実際のところ警察によるメディア戦略で実態に即したものではないのでは、と示唆してくるところはゾクゾクします。
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7.あらすじの時点でお手上げ 『邪悪な天才 ピザ配達人爆死事件の真相』

2018年、約50分×4話。銀行強盗をおこなったピザ配達人が、警察の目の前で爆死する。彼は首に爆弾を巻きつけられて、誰かに銀行強盗を強要されたというのだ――彼の身に何が起こったのか、誰が何のためにこんな奇怪な事件を企んだのかを探る。このあらすじの時点で卑怯というか、実際の展開も出来の良い推理小説を読んでいるよう。
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8.アイルランド問題の犠牲になった一つのバンド 『リマスター:マイアミ・ショウバンド』

2019年、70分。1960-70年にアイルランドで大人気だったマイアミ・ショウバンド。しかし彼ら6人のうち数名は、爆弾テロによって1975年に殺害されてしまう。彼らに何があったのかを、生き残りの元バンドメンバーと共に追う。アイルランド情勢を交えた背景解説の面白さもあるが、何より元バンドメンバーがこの事件を数十年越しに乗り越えようとするという人間ドラマの部分も大変見どころ。
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9.ISISに呑まれた一人のアメリカ人ムスリム 『シュガーランドの亡霊たち』

2019年、21分。ISISに入国してしまったムスリム人男性の話を、彼の友人たちからヒアリングする。出てくる人が全員面白いマスク被ってるのは面白みがあるのだけれど、印象的なのは映像そのものの短さ。そこにはおそらく劇的な何かがあるわけじゃない、多分普通に生きていた人が普通にISISに導かれてしまったということで、その「ドラマのなさ」が視聴者に何とも言えない無力感を与えてきます。短くてサクッと観られるのも良いです(30分だったらリストに入れてなかった)。
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10.再構成される青春のノスタルジー 『消えた16mmフィルム』

2018年、1時間37分。92年にシンガポールで撮られていた自主制作映画が、監督の失踪により頓挫。十数年後、その失踪した監督が死去したことでフィルムが再発見される。脚本家だった監督の弟子の女性が彼の足跡を追っていくうちに、彼の隠された素顔が明らかに……。
今年観たドキュメンタリーの中では、音楽と映像が一番好きです。エレクトロニカの曲調がドツボ、Ishai Adarの音楽が良すぎる。フィルムから音声部分だけが完全に欠落しているという事情もあいまって、90年代のシンガポールの町並みが現在の町並みとオーバーラップして作り手たちの青春の思い出として再構成されていくので、ノスタルジー力が相当なことになってます。
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11.陰謀論の裏の素顔 『グレイ・ステイト -映画監督が見た光と闇-』

2017年、1時間32分。ハリウッドの映画会社から3000万ドルの資金調達が約束されていた、自主制作映画の監督が2015年の冬、家族と一緒に死体で見つかる。一体彼に何が起きたのかを彼の人となり、そして彼が撮ろうとしていた映画"Gray State"の歴史・制作風景を追いつつ探る。
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撮ろうとしていた映画が警察国家となった近未来ディストピアアメリカの話で陰謀論とかに親和性が高いというフックがありつつ、思いのほか人間味のある着地を見せる。後半あたりから変な悲鳴が上がりました。そっちかー…………しかしニューワールドオーダーって本当に使われる単語だったんだな……。
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12.「セックスの週」…… 『ビクラムの正体 ヨガ、教祖、プレデター

2019年、1時間26分。ハリウッドで一大ヨガブームを作り上げつつも、レイプ訴訟を受けて国外逃亡したビクラム・チョードリーの全体像を探る。過酷な環境で承認を与えていく手法、完全にカルト・自己啓発系のやつで、ところどころ出てくる小エピソードは閉口させられっぱなしです。



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13.性虐待サバイバー男性たちの実像 『ネバーランドにさよならを』

2019年、116分×2話。幼少期、マイケル・ジャクソンに見出され、彼の家に招かれ、そして性的虐待を受けた男性たち。彼らがマイケルから何をされ、そしてその後の人生で何があったのかを克明に描きだす。印象的だったのは、彼らのうちの一人が大人になってからマイケルと会ったときに「今度こそ普通の友人になれると思った」と語る場面や、自分に子供ができた後に自分の子供が自分と同じようにマイケルと接するのを想像した瞬間に恐怖が湧いたと語る場面。そういった、虐待からのサバイバーが虐待者に対して愛憎入り混じる感情を抱く様子が、生々しく映し出されます。
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14.なんて明るいニセ科学 『ビハインド・ザ・カーブ 地球平面説』

YouTubeなどのインターネットで一部の人々に大人気の「地球平面説」。その支持者たちの実像を追うドキュメンタリー。とにか楽しそうなのが印象的だった。コミュニティがあって、人と人との出会いがあって、友人がいて、みんなで地球平面説を証明するための実験をしていたりする。地球平面説に囚われたらコミュニティ以外の友人を殆ど失ってしまうという事情はあるにしても、失敗するとわかってる実験に邁進する様子は一周回って無邪気さすら感じられて、副次的な効果はともかく表面上は実害のないニセ科学の人たちをどう扱えばいいのか、というよくわからない疑問を抱くなどしました*1
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15.Q:数時間で町が炎に飲まれた。どうする?『ファイヤー・イン・パラダイス -地獄と化した町-』

2019年、40分。2018年に起きた、町一つが完全に焼け落ちて死者80名以上・行方不明者1000人超に及んだカリフォルニア史上最大の山火事について、そこから逃げ出した人々からそのときの様子を聞き出す。実際に映像を観てもらった方が早いと思うので、こちら。
https://www.youtube.com/watch?v=5Xic-OHjsWg
最後の方でわかるけれど、これは昼です。煙の量がとんでもないせいで、日光が遮られて昼が夜に変貌しているのである。真っ暗な中、道の脇が完全に燃え落ちているのは現実とは思えない。
このドキュメンタリーの何が怖いかというと、これが40分しかないことです。この規模だったら消火なんて不可能、どうやって生き残るか、どうやって逃げ出すかだけ。その上、全ての家は焼け落ちていて、何一つ残っていない。「逃げた」という事実以外が何も残っていないから、語ることが何もないのである。
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16.自分たちで選び取った極右政権 『ブラジル -消えゆく民主主義-』

2019年、2時間1分。長年軍事独裁政権だったブラジルで労働者あがりの人間がはじめて大統領になり、労働者政党が第一党を獲得したのが2002年。それから17年後、労働者政党の大統領は弾劾され、極右の下院議員が大統領に就任した――ブラジルでこの20年に何が起きたのかを追うドキュメンタリー。政治ものだと『ふたつのカタルーニャ』も観ましたが、そっちは政治情勢の説明が複雑すぎて字幕&スペイン語音声だとどうあがいても理解しきれなかったです。その点、こちらは前知識ゼロであっても全体の構図と政治や社会に存在する問題を丁寧に説明して、何がどういう原因でどう動いてしまい、極右政治家の大統領就任に繋がってしまったのかをしっかり説明してくれます。
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その他

非ドキュメンタリー作品だと『このサイテーな世界の終わり』のシーズン2が公開・完結。ブラックでどこかコミカルなロードムービーが純朴なジュブナイル逃避行に変化していくシーズン1からどう続けるのかと思いきや、ドストレートにその方向性を突き詰めてシーズン1に輪をかけてサイコーの終わりを迎えてたので良かったです。
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映画の話とかもしたいんですが数を観てないし『天気の子』はもう記事を2つ書いたしで、そっちは割愛します。
ただ『ドクター・スリープ』はキューブリック要素入れた続編でキング喜ばせる時点でヤバイよねと思い、実際に観に行ったら本当にヤバかった。この辺のことは一度文章にまとめてるので気が向いたらまた上げます。
whiteskunk.hatenablog.com
それでは今年もよろしくお願いします。

*1:高校時代の友人からアムウェイに誘われたときの事を思い出した。友人経由でアムウェイ会員数名と遊んだんですが、彼ら彼女らと話すのは楽しかったんですよね……。