真っ白な館

思い付いたことを書きます。

「現実」と「フィクション」のゲシュタルト崩壊——写楽街『心霊×カルト×アウトロー』(2018)

一時的にNetflixからAmazonプライムビデオに切り替えていて(そういった解約処理が簡単にできるのはありがたい。気が向いたときに再契約する意欲がわく)、たまたま眼に入った『心霊×カルト×アウトロー』が面白そうだったので観てみた。
ダークホースだった。おそらく「カルト・新興宗教ドキュメンタリー」の中でも屈指の出来である。80分もないドキュメンタリー映画なので、できればこのまま回れ右してここをクリックし、観てほしい。ドキュメンタリーもののネタバレは遠慮なくしていく方針なのだが、本作はネタバレしないで観てもらったときの方が一番楽しめると思う。
※以下、『心霊×カルト×アウトロー』の結末に関する重大なネタバレがあります

『心霊 × カルト × アウトロー』特報

あらすじ

本作は、映像制作チーム【写楽街】が、とある心霊ビデオの調査依頼を引き受けてからその調査を終えるまでの映像記録である。
写楽街は心霊調査ドキュメンタリーを手がけつつ、同時にミュージックビデオの映像制作なども請け負っている。その縁もあって、写楽街のメンバーである谷口氏(実質的な本作の監督)の元に、知人のA氏から心霊ビデオの鑑定調査を依頼される。
その映像はA氏とその友人B氏が薬をキメているのを撮影したもので、映像のなかに心霊現象のようなノイズが映っている。その映像自体はぱっと見フェイクに見えるのだけれど、問題はその友人B氏が失踪していることである。写楽街のメンバー4人は、その映像の真偽とB氏の行方を追うため、A氏やB氏が活動していた北九州市での調査をはじめていく。
映像のなかで薬をキメているシーンがあることからもわかるように、A氏やB氏は北九州市の危ない人たち(タイトルでいうところの「アウトロー」)と関わりがあり、怖い人から逃げ回っているという。実際、写楽街は調査中にこわいひとたちに絡まれかけていた。危険な気配がどんどん増していくなか、更なる調査を進めていたところ、A氏との連絡が途絶える。それだけではない。実のところ、A氏は谷口氏への調査依頼の数ヶ月前に亡くなっていることが判明するのだ。そもそも、A氏と思っていた連絡主は、A氏ですらなかったのだ。
そこまででわかったことはこうだ。

  • A氏とB氏はネット経由でのカルトビジネスを北九州あたりで始めようとしていたらしい
  • A氏の知人であるライターはA氏とB氏への取材を進めようとしていたのだが、その中でA氏が亡くなった
  • 知人のライターは、怖い人たちからの絡みで仕事に支障をきたしはじめたので取材自体を中止した
  • 心霊ビデオはそのカルトビジネスに関連するものかもしれない

死人であるA氏になりすまして、前金とはいえ多額の金を彼らに送ってきた偽A氏は一体何者なのか。そもそも、写楽街のみんなは何に巻き込まれているのか。本来の目的である心霊ビデオの検証が、ヤクザがらみの失踪・なりすまし事件に発展したということで、写楽街のメンバーはこの後どうするべきか悩む。偽A氏とは連絡がとれず、身の周りではなにやら危険な動き(謎の嫌がらせや尾行未遂など)が見えているし、なによりこのまま資金不足で取材を続けるのは厳しい。相談の末、彼らはクラウドファンディングを使って資金の募集をし、無事成立したので調査を続行する。
再び北九州での調査をおこなったところ、どうもA氏とB氏以外にもう一人、サイバーカルトビジネスに関わりを持っているC氏が存在していると判明する。写楽街のみんなは、あくまで推測の域を出ないが、C氏こそが偽A氏の正体であり、何らかのもめ事の末に失踪したB氏を見つけるために、写楽街を利用したのでは……という可能性を考えた。その後、取材費の関係で谷口氏がひとりだけ、1週間ほど北九州市で取材を続けるが、深夜に謎の人物から左足の太腿を2箇所刺されて入院。そのまま調査は終了する。

おわかりいただけただろうか

——そう、この映画、ここまで紆余曲折を辿った結果、なにひとつ解決していないのである! クラウドファンディングまでやった結果「刺されて身の危険が洒落にならなくなったので終わります」ってドキュメンタリーを深夜3時に観た気持ちを想像してみてほしい。流石に怖すぎるでしょう……。一体なにを観てしまったんだろう、という疑問府が未だに頭のなかに飛び交って、結局夜を明かしてしまった。それはおそらく制作者側もそうであり、作品の終盤、病院のベッドの上で谷口氏が発した「なんでまだカメラを回しているのか自分でもわからない」という言葉が俺の頭から離れない。
とはいえ、この作品を観た上で、どうしても言及しなくてはいけない観点がある。「この映像のうち、どこまでが本当なのだろう」という疑念である。この作品がヤラセということを言いたいのでは断じてない(現に刺されて入院した人に証拠なしに「それ嘘でしょ」と言うのは倫理に悖る)が、一方でその疑念は視聴者のうち少なくない人間が感じるものであるはずだ。「心霊ビデオ」という「フェイクである可能性が高いもの」を題材に「まるでフィクションのような展開」を迎えるということが、日常生活からあまりに乖離しているので(そもそも普通刺されないでしょ)、反射的に「いやいやそれはないでしょ……」という正常化バイアスが働くのである。
その一方で、世の中には「フィクションのような現実」がいくらでも転がっているというのもまた事実である。別の記事でも言及した「ドーピング版『スーパーサイズ・ミー』を取っていたらロシアの国家的ドーピング問題に関わってしまい、友人のアメリカ亡命を手伝うことになる」という『イカロス』はその一例だ。
whiteskunk.hatenablog.com
この作品がうまいのは、その「疑念」を作品として最大限に生かしていることにある。事実、Twitterで谷口氏がこう呟いている。


これは勿論、モキュメンタリーであるという宣言として捉えるべきではない。低予算映画であるところの「洗練されてなさ」、作品内の展開そのもの、北九州市のヤクザという(個人的には全く関わりのないが、確かに存在している)浮世離れした存在、それらすべてから受ける影響をひとつにまとめあげるにあたって、この作品はある程度「フィクションっぽさ」を自覚的に構築されている*1。この作品を観て、「この作品は本当に起きたことなのだろうか」と思うこと、そこまでが映像制作者たちの意図するものと思われるし、それはたしかに成功している。「本当に起きたこと? いやでもこの展開は出来すぎなのでは、しかしそれにしても……」、そういう疑念がグルグルと脳裡にうずまいていくことその体験自体が本作最大の魅力であり、本作がおもしろいことの証左なのである。

*1:それはたとえば、終盤に谷口氏が病室で父親から強く怒られるシーンもそうだろう。大まじめなシーンであり、笑ってしまうのは谷口氏の父上に大変失礼ではあるものの、どこかシュールに感じてしまう。俺が〈戦慄怪奇ファイル コワすぎ!〉シリーズが好きなのが悪いのだろうが……。