真っ白な館

思い付いたことを書きます。

実現した「死亡フラグ」の山と、突きつけられる「人災」の現実—『9.11 生死を分けた102分』(文藝春秋、2005)

先日あの9.11のテロから17年が経ったので……というわけではなく、7月末の誕生日に友人からほしいものリスト経由で贈ってもらったので、時間ができたから読んだのである。

9・11生死を分けた102分 崩壊する超高層ビル内部からの驚くべき証言

9・11生死を分けた102分 崩壊する超高層ビル内部からの驚くべき証言

人間が何千人と死んだという事実

のめりこんだと同時に、読むのがつらくて途中何度も一息つかなきゃいけなかった。この本は、2001年9月11日のアメリ同時多発テロの際、午前8時46分に1機目の飛行機がワールドトレードセンタービル(WTC)に突入してから、両方のビルが倒壊する102分後の午前10時28分までの様子を中心に、その時ビルの中にいた人間やその関係者の証言を元に、ある種の群像劇的なドキュメンタリーとして再構築した本である。
この本の中には何百人もの人物の名前が上がり、何十人もの人物にフォーカスが当てられる。そして、その人たちの多くが亡くなっている*1。この本はとても誠実にできており、当事者である人たちの様子を丁寧に、本当に丁寧に描こうと腐心しており、その結果として、読んでいて誰がこれから死ぬのかがわかってしまう。生き延びた人間についてはその時何を考えていたかがしっかりと語られるが、死んでしまった方々の話は、わずかに交わされた外部との電話やメールのやりとりのみが確証のある情報として語られ、それ以外は伝聞と推測だけが語られるからだ。誰がどんな人生を送ってきたか、そして当日に何を考えていたのか、その後どういった予定を立て、何を楽しみにしていて、誰が彼ら彼女らの帰りを待っていたのか、それらが全て、周辺の人物の証言などで克明に描かれた後、「いまからこの人は死ぬのだ」という事実を突きつけられるのは、かなりきつい。
この本は、誰が生き残り、誰が生き残らなかったのか、それらの違いを正確に、残酷に描きだす。最上階から地上に降りる最後のエレベーターに乗ったか否か。飛行機が突っ込んだ際に、すぐ逃げ出したかどうか。突っ込んだ後、仕事を優先してしばらくその場で待機してしまったかどうか。そんなささいな違いに生死の分かれ目があった場合もあれば、避けようがなかった人々もいる。北棟では93−99階に飛行機が突っ込み、その際非常階段が破壊されたために、そこから上の階にいた人々の全員が亡くなった。南棟では77−85階に飛行機が突っ込んだが、非常階段が1つだけ残っていたため、そこから上の階にいた人のうち18人が生還した。それ以外の人々は皆亡くなった。

助けられたかもしれない命

テロリストによって何千人もの人々が死んだのは間違いない。だが、この本の最もショッキングな点は、その死の一部は避けられたかもしれないという事実だ。北棟に1機目の旅客機が突っ込んだあと、南棟ではその場で待機するよう構内放送が流れた(北棟へのテロで南棟に直接の影響が出ていないので、当然ではあるが)。警備会社への問い合わせでは、ある人物は避難を、別の人物はその場での待機を指示した。誰よりも早く棟内から避難した人物の一部は、警備員から戻っていいと言われたので上層階に戻っていった。非常階段が崩れて避難できなかった人の一部は屋上から救助してもらえないかと思って屋上に行こうとしたが、屋上への扉が施錠されていて逃げられなかった。本来の規定では禁止されていたはずなのに。
そんなことが起きたのは、民間人だけではない。消防隊では無線が繋がらず、崩落直前まで100名近くの消防隊員が北棟内で休憩し、20キロ近くの装備を歩いて登ったことによる疲労を軽減しようとしていた。警察と消防隊は長い間災害現場での二者間の連携に課題を抱えていて、このときも同様に連携が全くなされていなかった。結果、警察のヘリコプターが察知した、倒壊の予兆である棟の傾きは消防隊に知らされなかった。
そもそも、100階を超えるアメリカ有数の高層ビルに、非常階段は3本しかとりつけられていなかった。また、ビルの防災に不可欠である「火災は他のフロアに燃え移らないよう設計される必要がある」という原則は1968年に建てられたワールドトレードセンタービルでは通用せず、北棟では上層階にガンガン燃え広がり、結果煙と炎に苦しめられてのべ200人近くもの人が地上に飛び降りた。そもそも防火のための設計にテストがされた記録は残されていないし、第一ビルの管理会社は「飛行機が突っ込んでも倒壊しない」とすら言っていたらしい*2
この本では、当事者に何が起きたのかと並行して、どうしてそのような「本来起きるはずのなかった問題」に人々が直面したのか、そのようなことが起きた歴史的経緯を、その都度都度で懇切丁寧に説明してくれる。これは本書の一番の利点だろう。建設当時の建築基準法の変遷。警察と消防の連携の歴史。93年に起きたワールドトレードセンタービルテロ事件(この事件は9.11に突然起きたのではなく、それまでにテロが行われてきたというコンテクストが存在する)。「あのときこうしていたら」ということは言っても詮ない部分がある。だが、事実ひとが死んでいる事案において、それを指摘しないでいることも不誠実ではあろう。自分は法律(刑事法)で原因の概念(構成要件該当性)と責任の概念(有責性)を区別している*3のがすごく好きだったりする。原因であっても責任があるとは限らないし、逆に言えば責任がなくても原因である可能性もある。責任を帰せられるべきではないとしても、その原因である場合は、今後のためにどうしてそうなったのかを突き詰めていく必要がある。この本が傑作である理由は、これがそのために必要な『「事実」を「事実」として受けとめる』ことに多大な貢献をしているからである*4

*1:それでもそれは僅か一部なのだ。ビルの中にいて死亡した人々は2600人近くにものぼる。

*2:ここだけは単純に関係者が誇張表現だったのでは、という気はする。「100人乗っても大丈夫」みたいな。いやアレはホントに乗れるらしいけど……。あれだけでかいビルならそれくらい考えてしかるべきなんでしょうけど、それにしたって普通ビルに飛行機突っ込むの想定して作らないでしょ……

*3:厳密には、それ以外に違法性もある。

*4:なお、気分が落ち込んでいるときに読むのは正直得策ではない。実現してしまった「死亡フラグ」の山を突きつけられるのは、ものすごくきつい。