真っ白な館

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事実は映画より奇なり―4つのNetflixオリジナルドキュメンタリー作品

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少し前に、これを読んだ。恥ずかしながら『テラスハウス』シリーズは未見だし、自分自身Netflixのドキュメンタリーをあますことなく観ているというわけではない。しかし、それにしても、Netflixはものすごいオリジナルドキュメンタリーをコンスタントに出し続けている。
Netflixの強みは、とにかくNetflixオリジナル作品である。永井豪の原作を完全に踏襲しながら現代的にアレンジした『デビルマン crybaby』しかり、仲のよかった女の子を自殺で失った少年の意識の流れを映像のなかで映しきった傑作ドラマシリーズ『13の理由』しかり。個人的に一番うれしいのは、『1922』『ジェラルドのゲーム』『ビッグ・ドライバー』『ミスト(ドラマシリーズ)』等々のスティーヴン・キング原作の新作映画が次々と独占配信されていることだ。その中でも、ドキュメンタリー作品は特に視聴したときの衝撃度が段違いである。この記事では、自分がこれまで観てきたなかで特におもしろかった『くすぐり』『覗くモーテル』『イカロス』『ワイルド・ワイルド・カントリー』の4作を紹介する。
※ここから先の文章では、作品内の展開を詳細に記述しています。
※2018/08/19:追記項目に『ベトナム戦争の記録』を追加

ネット上のホモフォビアの追跡と、描かれなかった結末―『くすぐり』(デヴィッド・ファリアー、 ディラン・リーヴ/2016)

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ネットにあがっていた「くすぐり我慢大会」――男性が男性を「くすぐり」、それに我慢しきれたひとに賞金を支払うという企画――傍目からはただのエンタメ企画にしか見えない動画の話を聞いた記者のデイヴィッドは、取材のため制作者に連絡をとろうとする。しかし、動画の制作者は、「同性愛者は死ね!」といった攻撃的なメールでデイヴィッドを執拗に攻撃しはじめたのだ。彼らは一体何なのか? そもそもこの「くすぐり」というのはなんなのか? その動画制作団体の実態を追っていくうちに、デイヴィッドは数十年前から続くその団体の闇に近づいていく――。
一見してただのいたずら映像だと思われたものが、ホモフォビアであろうと思われる人物による長年の謎の活動実態に繋がっていくという意外性が斬新だ。しかし、この作品のもっとおそろしい点は、作品の中で描かれなかったことにある。取材対象だった人物が2017年に謎の死を遂げているのである。作品が作られた後に亡くなったため、当然ながらこの作品はどうしてその人物が死んだのかを語らない。ただし、この記事この記事で紹介されているような、映像で語られなかった制作者の実態は、この作品から伝わってくるイメージとはかなり異なっている。この作品は、はたして本当にその人物を正しく捉えていたのか――そもそもドキュメンタリーが何かを「正しく」撮るということが可能なのか――そういった示唆を視聴者に与える。その人物の死が(他人の死の原因を勝手に推測するのが危険であることを承知で敢えて言わせてもらえば)自殺である可能性を想像させられるというのを踏まえると、なおさらである。
なお、本題とはそれるが、デイヴィッド・フィンチャーマインドハンター』(2017)では、(なぜか)この『くすぐり』を元にしたと思しきエピソードが挿入される。
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覗く人と暴かれる人―『覗くモーテル』(マイルス・ケイン、 ジョシュ・コーリー/2017)

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一方、ドキュメンタリー本の制作過程を追うことで、現実を切り取るなかで起こる問題を描いたのがこの作品だ。
『覗くモーテル観察日誌』という本がある。ゲイ・タリーズという全米で一番有名なジャーナリスト/ドキュメンタリー作家が2016に発表した(2017年邦訳)作品で、モーテルの経営者である男性が、長年にわたりモーテルの屋根裏に作った覗き部屋での観察記録をまとめたものだ。Netflixで発表されたこの作品は、ゲイ・タリーズとモーテルの経営者が、その本を出版するまでの過程を追った「ドキュメンタリー本を作るドキュメンタリー」だ。
この作品がおもしろいのは、出版するまでの中で、取材対象の語ることが信用できないのではないかという疑惑が持ちあがるところにある。出版前に事実検証をおこなっていくなかで、自己顕示欲が高いその男性の書いていた記録というのが本当に信憑性のあるものなのか、モーテルの男性が嘘をついているのではないかという疑惑が上がっていく。たとえば、その男性はモーテルで殺人を目撃したと語ったが、該当するような殺人・行方不明の記録は残っていない。更には、ワシントンポストの記者から本の記述への疑義を呈されたことで、ゲイ・タリーズ自身が出版直前にこの本は失敗だったと言い始めるまでになっていく*1
ドキュメンタリーは現実を描くものだ。しかし、それはあくまで撮影者の映したもの・映したいものを映しているのであり、そこには何を映すか、何を映さないかという作成者の意思≒ストーリーが介在する。この作品は、記者と取材対象のやりとりにおけるダイナミズムを「物語る」ことで、ドキュメンタリーが「物語」であることを視聴者に突きつけてくる。

ドーピング実地体験が国家レベルの陰謀に―『イカロス』(ブライアン・フォーゲル/2017)

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とはいえ、当たり前だが、現実は制作者の意図どおりに動くわけではない。むしろ制作者の意図を遙かに離れたところに飛んでいくこともままある。
監督であるブライアン・フォーゲルは、スポーツ競技におけるステロイド使用の取材として、自身でドーピングを試してみることにした。アンチ・ドーピング検査にひっかかることなくアメリカのアマチュアロードレースにでて、どこまで結果が残せるかを実際に試したのだ。ドーピング版の『スーパーサイズ・ミー』をやろうとしたわけだ。
ブライアンはドーピングをおこなうにあたり、ロシアの反ドーピング機関の所長ロドチェンコフに助力を得ることになった。国際的にドーピング管理に関わっている人物なので、助力をあおぐ相手として最適だった。しかしながら、この取材の途中で、ロシアがオリンピックにおいて国家規模でのドーピングをおこなっていたことが判明し、ロドチェンコフが国家ぐるみのドーピングの首謀者として大きくとりざたされたのである。最終的に、ブライアンはロドチェンコフを助けるために、ロシアからアメリカへの亡命を手伝う。ドーピングの実証映像が国際的問題に伴う亡命幇助に発展するのだ。
現実の展開が、明らかに監督の手を離れたところに転がっていく過程を綿密に描いていく本作は実にスリリングだ。特に、亡命後にロドチェンコフの友人がロシアで不審死するあたりが全く笑えない。
本作は、第90回アカデミー賞でアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞している。

宗教コミューンによる地域「乗っ取り」記録―『ワイルド・ワイルド・カントリー』(Maclain Way, Chapman Way/2018)

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同じ意味で、現実が映画くらいに奇妙なのが、この『ワイルド・ワイルド・カントリー』だ。
1981年、オレゴン州にある人口30名程度の小さな郡に、カルト教団の信者が大量にやってくるところからこの作品は始まる。ラジニーシという宗教家を中心とした宗教団体が、アメリカにラジニーシプーラムという宗教コミューンを立ち上げたのだ。この作品は、一般にカルト教団と呼ばれる彼らが一つの村を乗っ取り、コミュニティを作り上げる過程と、そこで軋轢が生まれ、反発し、そして不正と詐欺、殺人未遂をおかして最後には崩壊していくまでの様子を、当時の記録映像と、関係者のいま現在の証言を交えながら描いていく。
ラジニーシプーラムについては、新興宗教のはカルト教団の話題で必ず名前が出てくる程度に有名らしい。俺も詳しくないので詳細はインターネットで検索してみてもらうのがいい気がするが、とにかくスリリングだ。映像のなかでは、両方の当事者――当時その群に住んでいた人々、ラジニーシプーラムを追っていた司法関係者、そして教団の中核人物たちから、包括的に証言を得ていく。
この撮り方が実にバランスいい。個人的な話になるが、私は数年前に管理者養成学校の社員研修を8日間受けた*2。また、それに比べると卑近な話だが、高校時代の友人経由で誘われたパーティでアムウェイの勧誘を受けたこともある。そんな経験で学んだことを踏まえていう「バランスがいい」とは、「なぜ人々は宗教にハマっていくのか」がよくわかる、という意味だ。ラジニーシプーラムの中で何を承認されたのかが描かれる。一見してきれいに描かれすぎているようにも見えるが、基本的にこの手の宗教の入り口というのはきれいだし、人間同士の関係が密だから承認欲求が満たされる。そして、この「中にいる人間だから語れる良さ」と、「外部の人間から見たときの違和感」が、両面で描かれているからこそ、急速な展開のおそろしさを際立たせていく。彼らが語る本来の理念的な崇高さが、実利的問題を前に不正への目を曇らせていく様子が、手に取るようにわかるからだ。当時から30年以上が経った今、当時の信者や教団幹部の中には当時の出来事を反省するものもいれば、言い訳を未だに繰り返しているように見える人もいる。彼らは教団内部で分裂し、施設全体(というか街ひとつ)の大規模な盗聴や、指導者の担当医に対する暗殺未遂にまで発展していく。
ある種の異常な環境が作られ、そしてそれが崩壊するまでの記録映像として、この作品は大変貴重である。

その他おすすめ

繰り返すが、自分も全てのドキュメンタリーをあますことなく観ているわけではない。しかし、たとえばヒッチコック『サイコ』のシャワーシーンに関して古今東西の映画関係者から証言や分析・解釈を聴き取った『78/52』や、30年以上にわたってキューバに繰り返し訪れた監督が3組の家族を定点観測し続けるという『カメラが捉えたキューバ』なども大変おもしろかった。また、ドキュメンタリーからは完全に外れるが、フェイクドキュメンタリーという点では『ハノーバー高校落書き事件簿』は「藪の中」を地でいく傑作だ。
普段ドキュメンタリーを見慣れていないひとでも、むしろ見慣れていないひとだからこそ、Netflixにいまこそ登録してみるのがいいのではないか……と、うっかりハマってしまった人間からはそう勧めさせていただきたい。
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追記:その他記事執筆後に観ておもしろかったもの

ベトナム戦争の記録』(PBSNetflixオリジナルではない)

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全10回、18時間にわたる膨大な映像/写真/文書史料と当事者/関係者のインタビューで視聴者をぶん殴り、現実認識の解像度を引き上げる傑作シリーズ。

*1:最終的にはその発言は撤回された

*2:色々なことを学んだ。たとえば、大声を出すと脳が酸欠になって思考が曖昧になる。酸欠になると頭がハイになるので途中から気持ちよくなる。そして、そんな状態で罵倒された後、他人から承認を得る――一挙手一投足を規律でガチガチに縛ることで命令がないと動かない/命令には忠実な行動をとるようになる――基本的にはそんなことの繰り返しだったが、はっきり言って気持ちいいのだ。人間を洗脳する方法を実地体験するというのは、まあ、貴重な体験だった。頭のなかで客観視している自分と、それを楽しいと思っていた自分とが分離していた。ジョージ・オーウェル1984』に描かれていた二重思考は現実に存在する。簡単に植えつけられる。