真っ白な館

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デイヴィッド・フィンチャー『マインドハンター』(2017/Netflix)

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Netflixオリジナルシリーズ『マインドハンター』2017年10月配信決定
※以下、『マインドハンター』の展開に関する大きなネタバレ、および『ソーシャル・ネットワーク』『ゾディアック』の説明として一部の展開に関するネタバレが文中に含まれます。※
異常連続殺人鬼を追う二人の刑事を描いた『セブン』(1995)、平凡な会社員が強力なカリスマを持った危険な男と出会ったことから社会を破壊する壮大な計画に巻き込まれる『ファイト・クラブ』(1999)、一人の男が友人と共に作ったサービスが世界を席巻するサービス「Facebook」へと成長させていくと同時に友人との関係が致命的に壊れていくまでを描いた『ソーシャル・ネットワーク』(2010)等々を手がけてきた監督、デイヴィッド・フィンチャー
近年はホワイトハウスを巡る陰謀劇を描いたドラマシリーズ『ハウス・オブ・ガード』を手がけていた彼が、今年Netflixオリジナルドラマとして配信したのがこの『マインドハンター』だ。
舞台は1970年代後半のアメリカ。若きFBI捜査官ホールデン・フォードは日々の捜査のなかで、犯罪の手口や犯人像が複雑になっていると感じることが増えた。古株の捜査官ビル・デンチと共に地方警察への出張講義に行くことになった彼は、出張の合間に各地の刑務所に収監されている殺人犯との面会を行っていくことを決める。次第に、彼らは連続殺人犯たちにある種の共通点があることに気づきはじめる……。彼らは心理学の専門家ウェンディ・カー博士の協力を得ながら、犯罪者の行動化学分析をおこなっていく。
本作の原作とも言うべき書籍は、実在のFBI捜査官ジョン・ダグラス*1がドキュメンタリー番組制作者マーク・オルシェイカーとの共著として発表した『マインドハンター──FBI連続殺人プロファイリング班』である。このことからもわかるように、この作品で描かれるのは、プロファイリング手法が確立されるまでの過程である。エドモンド・ケンパーやチャールズ・スペックなど、本作に出てくる連続殺人鬼は、多くが実在の人物だ(全員が全員実在の人物かどうかまでは確認できていないので、ご容赦いただきたい)。

マインドハンター──FBI連続殺人プロファイリング班 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

マインドハンター──FBI連続殺人プロファイリング班 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

プロファイリングが確立された現代ならともかく、70年代のアメリカでは全てを手探りではじめる必要があった。「殺人犯はいかれている」以上の認識が世間に存在しておらず、それは警察やFBIのなかでも変わらない。故に彼らがおこなう殺人犯の行動分析研究は周囲に理解されず、連続殺人犯の心理を理解しようとする姿勢―無残な被害者の写真について冷静に語る行為、地元の人間をためらいなく疑う行為―そのものが、ある種の人々には異常として映る。
この、①殺人犯の心理を追うなかで起きる人と人との緊張感に満ちたやりとり、そしてホールデンが次第に「逸脱」していく過程、それを描いていることが本作の強い、おそろしく強い魅力である。ここには、実際の未解決事件を元にそれを追う(そして最後には現実同様解決できない)警官の姿を描いた映画『ゾディアック』における息のつまるようなカットや事件そのものに囚われていく人間の描写を生み出した、デイヴィッド・フィンチャーの「フィンチャーらしさ」が全面に出ている。
本シリーズはどの場面でも、緊張感に満ち満ちている。一緒に行動していても、彼らの中には不和の種に満ちているからだ。ホールデン捜査官は、この研究にのめりこむ。そして、しばしば強引な方法をとろうとして周囲と衝突する。ウェンディ・カー博士は研究に協力しているが、彼女はあくまで学者である。現場の事件を解決するためにおこなうホールデンやデンチの言動が、研究データの収集に不適切だと考えている。デンチ捜査官は、頭では研究の重要性を理解しているが、可能であれば殺人犯との面会にはいきたくない。当たり前と言えば当たり前である。殺人犯と接する人間に、ストレスがないわけがない*2。そして彼らのやり方は、FBIの仕事を逸脱していると思うFBIの長官との強い衝突を招く。ゆえに、どんな場面でも(冗長に感じそうな場面ですら)、ひとときも目が離せない。
だがその中でも強く異彩を放つのが、主人公のホールデン捜査官だ。彼は物語のなかで最も行動的な人物だ。研究が必ず役に立つと信じている。そのため、(デンチ捜査官が嫌がるような)犯罪者との面会に、自分から積極的に赴いていく。そして同時に、自分の行動が間違っているとは全く思わない。周囲から不適切だとたしなめられるような会話を、殺人犯から会話を引き出すためにやる(録音されているにもかかわらず、殺人犯の前で「なぜ若いアバズレを八匹もこの世から消した?」と聞き、それが事実大きな問題へとつながっていく)。
彼のそういった性格は2つの意味を持つ。1つは、彼の存在が話を面白く劇的に動かしていくという物語上の機能であり、もう1つは、彼が実際は殺人犯と同じ側の人間=サイコパス/ソシオパスなのではないかという大きな疑念を視聴者に抱かせるということだ。彼は殺人犯との会話を(テンチ捜査官と違い)嫌がる気配がなければ、自分の彼女が勉強で忙しくしているのに構わず家に上がる(共感能力の欠如?)。彼は殺人犯を捕まえたことで自分の研究に「自信をつけ」(作中で「殺人犯は自信をつけると大胆な行動に出る」と語っているように)、物語の後半になると自己顕示欲すら表しはじめる。物語の後半で加わった新しい捜査官、グレッグ・スミスに対して、ホールデンが嘘をつくよう促したのを思いだしてほしい(サイコパスは嘘をつくのが得意だ)。
本シーズンのラストは示唆的だ。研究は成功して事実成果もあげているのに、ホールデンは恋人と別れて*3、地位すら追われそうになる。そして彼が向かうのは、何度も自分と会いたいという手紙を寄越し、ついには自殺未遂を図った連続殺人鬼、エドモンド・ケンパーのいる集中治療室だった。
監視の目が甘い治療室で、ホールデンはケンパーがいつでも自分を殺せる状況にまで追いこまれる。そして、「なぜ来たんだ」というケンパーの質問に対して、彼は「わからない」と答えるのだ。それを聞いたケンパーは、彼のことを抱擁して「やっと真実が出たな」と耳元でつぶやき、ホールデンはたまらず逃げ出してしまう。
この「わからない」とは、「自分自身の気持ちがわからない」という意味であると同時に*4、おそらくは「自分がまともなのかどうかわからない」という意味もあるだろう。そして、それに対するケンパーの抱擁=受け入れるという行動は、彼がケンパーと同じであるという隠喩なのだ。

本作は現段階で1シーズン全10話が配信されているが、すでに第2シーズンの制作が決まっており、筆者は続編の展開に大きな期待をよせている。

*1:SWATスナイパー、人質交渉人を経た後に77年FBIアカデミーで犯罪心理学の教鞭を執り始める等の経歴からみて、彼がホールデン捜査官のモデルと見て間違いないだろう

*2:だが彼の場合はもう一つの事情がある。妻との間に子供ができなかった為、彼ら夫妻は親のいない養子を取った。だがその子供は6歳になっても一言も口を聞こうとしない。その「異常な行動」は、自分が親として失格なのではないかという怖れと同時に、殺人犯の行動科学分析をおこなう彼にとって「ある種の不安」を抱かせるのだ。

*3:ここのシーンは実にスリリングだった。おそらくは自分自身の気持ちがわからない恋人に対して、ホールデンは自分が培ってきた対象分析の能力を駆使して、恋人が「自分と別れたいと思っている」という結論を下した。恋人はそう言われて、「そうなの?」と返す。曖昧な彼女の気持ちを形にしたのは、彼が仕事の中で培ってきた洞察力だ。

*4:そしてそれは皮肉にも、恋人がホールデンと別れたいと思っていたのがわからなかったことと対をなしている