真っ白な館

思い付いたことを書きます。

ジョナサン・カラー『文学理論(〈1冊でわかる〉シリーズ)』(岩波書店)

文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

「文学理論とはなんぞや」という疑問には二つのレイヤーがある。文学理論の中身そのものへの問いと、文学理論の意義に対する問いだ。
文学理論の中身(ロシア・フォルマリズムだのニュークリティシズムだの構造主義だのフェミニズム理論だのといった文学理論の詳細・あるいはそれらの主要な論者は誰なのか)を知りたい人に本書は向かない。主要な理論の紹介は200ページのうち10ページほどで、概要をまとめるに留まっている。小事典的な用途のものを求めるならば、『現代批評理論のすべて』を読むほうが建設的と言える。

一方、文学理論そのものの意義を問うひと、なぜ文学の領域の外から持ってきたような理論を使うのかという根本的な疑問があるひと(たとえば「どうして夏目漱石を読むのにフェミニズム理論が必要なの?」といった類いの)、文学理論を使うことが文学の読みを歪めるように感じるひとにとって、本書はぜひ読んでもらいたい。特に、1章と2章。
文学理論を論じるにあたって、本書はまず「理論(theory)とはなにか」を語る。正しい答えがあるものになされる推量(guess)と異なり、「理論」は真偽がはっきりしないものにたいして使われる言葉だ。そして、理論は「常識的な考え方」に異議を唱える効果がある。つまり、文学理論においては「意味」「作者」「テキスト」「書くという行為」「読むという行為」=文学に触れるにあたって自明視されている考えを疑い、「新しい捉え方」を提示するという効果が生まれる。
重要なのは、それらはあくまでtheoryであり「正しい読み」を求めるものではないということだ。文学作品をとらえるにあたっての、新しい視点・新しい効果・新しい位置づけの可能性を探るのが文学理論である。文学は開かれている。社会のなかに位置づけられる文化の一つであり、学問としては人文科学として当然他の領域と隣接し、重なりあっている。*1

文学理論が「正しい読み」ではなく「新しい読み」を模索する一つの試みであるということ(そして学問そのものが「常識を批判(吟味)し、再確認していく」試みであるということ)を前提に踏まえて筆が進んでおり、本書は文学理論そのものの意義を読者に教えてくれるのである。一番大事なことを一番最初に確認するという点で、本書は入門書として大変優れている。

なお余談だが、文学理論を日本に紹介するにあたって90年代に多大な貢献をした石原千秋氏の夏目漱石論は大変刺激的。論文集『テクストはまちがわない 小説と読者の仕事』がおすすめ。

テクストはまちがわない

テクストはまちがわない

*1:本書では深く触れられていないが、同じ問題は文学研究の歴史で先達がすでに直面している。現在では「新批評(ニュークリティシズム)」と呼ばれている、『作品を社会的・歴史的・作者的文脈から切り離して、テキストだけから作品を精読する』というスタンスがアメリカ文学の批評や研究で流行した時代があった[らしい。この辺りは私も概要しか知らない]。しかしながら、ある作品を社会的・歴史的文脈から切り離すとそもそも『文字』という文化すらして成立しないのであり、作品の内と外を切り分けて読む事は本質的に不可能だったため、その後廃れていった